2018年05月21日更新
ウマ娘 umamusume 考察

【ウマ娘 プリティーダービー】9話の元ネタ・小ネタのまとめ

アニメ『ウマ娘』9話に散りばめられた史実ネタや小ネタをまとめました。「ブロワイエの元ネタはモンジューという外国馬」、「ブロワイエという名前は、モンジュー城のあった町の名称に由来」、「現在に至るまで日本馬は凱旋門賞で勝てていない」などなど。

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日刊ウマ娘

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トレーナーが読んでいた日刊ウマ娘という新聞。

元ネタは日刊競馬と思われます。

出典:9話
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ロゴが少し斜めになっているところが同じです。

出典:www.nikkankeiba.co.jp

マックイーンとテイオー

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今回の合宿では何かとテイオーがマックイーンにライバル意識を持って対抗していました。

これは史実の1992年天皇賞(春)で両馬の対決に注目が集まり、両陣営が激しくアピール合戦をしたことが元ネタと思われます。

出典:9話
メジロマックイーン断然の天皇賞から、トウカイテイオーとの2強対決へ。

「この馬となら地の果てまでも駆けてしまいそうだよ」
「あちらが地の果てなら、僕の(マックイーン)は天にまで昇りますよ」

 産経大阪杯の最終追い切り時に岡部がこぼしたコメントに、武豊は自信満々で切り返した。
引用元:www.mejiro-mcqueen.com(引用元へはこちらから)

怪我からの復帰は大変

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脚は完全に治っていたスズカでしたが、怪我を恐れて全力で走れなくなっていました。

これは実際の競走馬にも起こる現象です。例えば、ナリタブライアンは怪我をした後、成績が低迷してしまったのですが、心理的な影響があったとされています。

出典:9話
《ナリタブライアン》

高松宮杯出走に関してはレースの前後を通じ、ナリタブライアンの距離適性の面から出走を疑問視ないし批判するマスコミが多かった。

大久保は出走を決断した理由について、当初「ブライアンは股関節炎の心理的な後遺症で長い距離を走らせると嫌がるようなそぶりを見せていた。そのために短距離戦を選んだ」と語っていた。

引用元:ja.wikipedia.org(引用元へはこちらから)

ブロワイエのモデル

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ルドルフによればブロワイエは「ヨーロッパ最強と言われるウマ娘」とのこと。史実の凱旋門賞でエルコンドルパサーと戦ったモンジューがモデルと思われます。当時、欧州最強馬と言われていました。

海外の馬なので許可がとりづらく、別な名前での登場となったのでしょう。通常、ウマ娘では髪色として再現される毛色も再現されていません(モンジューは鹿毛)。

出典:9話

《名前の由来1》
モデルのモンジューは、馬主がシャトー・ド・モンジューという城を所有していたため、そう名付けられました。その城があるコミューン(日本の市町村みたいなもの)の名称がなんとブロワイエなのです!

《名前の由来2》
ブロワイエ(Broye)にはフランス語で「破砕された」という意味があります。エルコンドルパサーの夢を砕いた存在にはぴったりの命名と言えるでしょう。あと、モンジューの孫のトレヴも凱旋門賞でオルフェーヴルを倒しているので、夢を砕く一族というニュアンスもあるのかも。

エルコンドルパサーの知名度

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ブロワイエはエルコンドルパサーをただのファンと勘違いした……と思いきや、実はこの時点で敵だと認識していたことが後に判明しました。

それもそのはずで、エルコンドルパサーは前回説明のあったイスパーン賞の後、史実ではサンクルー大賞(G1)とフォワ賞(G2)で1着をとっていたのです。戦前の評判も上々でした。

出典:9話
この年の凱旋門賞には他にエルコンドルパサーとデイラミも出走していたが、当日レースの舞台となるロンシャン競馬場はペネトロメーター5.1というレース史上類を見ないほど大量に水分を含んだ状態の不良馬場だったため、道悪を苦としないエルコンドルパサーとモンジューの一騎討ちというのが戦前の評判であった。優勝候補の一角だったデイラミの陣営は直前まで出走を躊躇していた。
引用元:ja.wikipedia.org(引用元へはこちらから)

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