登山ライター森山憲一のブログより
ここは30年間登山をしてきて、20年間登山雑誌にかかわってきたプロとして断言しますが、いまのやり方で栗城さんが山頂に達することは99.999%ありません。
100%と言わないのは、明日エベレストが大崩壊を起こして標高が1000mになってしまうようなことも絶対ないとはいえないから言わないだけで、実質的には100%と同義です。このことを栗城さんがわかっていないはずはない。だから「嘘」だというのです。
略
栗城さんがやろうとしているルートは、こういうところなのです。1シーズンに数百人が登るノーマルルートとは、まったく話が違うということをどうか理解してほしい。
栗城さんは世界の登山界的には無名の存在です。本当にこれを無酸素単独で登ったとしたら、世界の登山界が「新しい怪物が現れた」と仰天し、世界中の山岳メディアが取材に殺到し、「登山界のアカデミー賞」といわれる「ピオレドール」の候補ともなるはずです。
難病を克服した感動ノンフィクションを読んで、それがじつは作り話だとわかったら、それでもあなたは「希望を与えられたからよい」といえますか。
あるいは、起業への熱意に打たれて出資したところ、いつまでも起業せず、じつは起業なんかするつもりはなかったことが判明したら。「彼の熱意は嘘だったが、一時でも私が感動させてもらったことは事実だ」なんて納得できますか。
つまり、嘘によって得られた感動は、どんなに感動したことが事実であったとしても、そこに価値などないのです。結局、「だまされた」というマイナスの感情しか最終的に残るものはない。これでは、登山としてはもちろん、ショーとして成立しないじゃないですか。
もうひとつ、嘘がいけない理由があります。どちらかというと、こちらのほうが問題は大きい。それは、栗城さん自身が追い込まれていくことです。
応援する人たちは「次回がんばれ」と言いますが、このまま栗城さんが北壁や西稜にトライを続けて、ルート核心部の8000m以上に本当に突っ込んでしまったら、99.999%死にます。それでも応援できますか。
栗城さんは今のところ、そこには足を踏み入れない、ぎりぎりのラインで撤退するようにしていますが、
今後はわからない。最近の栗城さんの行動や発言を見ると、ややバランスを欠いてきているように感じます。功を焦って無理をしてしまう可能性もあると思う。
そのときに応援していた人はきわめて後味の悪い思いをする。しかし応援に罪はない。本来後押しをしてはいけないところを誤認させて後押しをさせているのは栗城さんなのだから。
嘘はそういう、人の間違った行動を招いてしまう罪もある。そして不幸と実害はこちらのほうが大きい。
引用元:www.moriyamakenichi.com(引用元へはこちらから)
なんで死体にムチ打つ事を言うかって、栗城史多の死の原因をスポンサーやマスメディアに求めるなら
— 消費者金融検索エンジン試作会 (@DTDLyr4b7asjPNm) May 22, 2018
「よくわからんことに金は出さない」
って話になり、登山家、いやその多マイナースポーツや変わった挑戦みたいにスポンサーや支援者から金集めて成り立つ商売は成り立たなくなるからだよ。
栗城氏に関しては登山技術はともかくスポンサーを集める能力に関してはプロとして素晴らしいし正しいみたいなことをツイートしたなあ
— lakehill (@lakehill) May 22, 2018
栗城史多の死去に関連してスポンサーを責める向きがあるけど、素人のスポンサー相手に感動や挑戦ってパッケージで金を集めたのは他ならる栗城本人なんだから、その結果無理な挑戦をしてしまった言われても
— 消費者金融検索エンジン試作会 (@DTDLyr4b7asjPNm) May 22, 2018
「自業自得だアホ」
以上のコメントはないよ
どんなに「勇気」があって「挑戦的」でスポンサーの「カネ」があったとしても、身の丈以上の課題設定は無謀であり、とりわけ登山のような過酷な仕事では、課題設定次第でその結末が「死」も普通に有り得る。そのことを命を張って教えてくれたという意味では、栗城さんの死は意味あるものだったかもね
— ナオキV8 (@naoki___) May 22, 2018
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栗城氏のことについていろいろ調べたがはっきり言って哀れだった
— 東狂都の治安を守る会 (@neetchicken777) May 21, 2018
死ぬことが救いになるとか追い詰められすぎだな
自分にもスポンサーにも
栗城史多って人はスポンサーに殺されたようなもんだな。
— あかはなたん (@akahanatan) May 21, 2018
栗城さんは、会った人が愛してしまう磁場がある方だったのか。ある種の特殊な著名人達が一様に哀悼の意を表明し、多くのスポンサーがいたのであれば、我々一般人や山岳人はひっかからない磁力があるとしか思えない。 #栗城史多
— ぽこみ (@ucdmh) May 21, 2018
栗城さん、登山のネット配信で注目を集め始めた当時、私は登山したことなかったし、純粋に凄いなと思ったし、あの行動力とスポンサーを集められる能力は普通の人にはないものだと思うんだけど、登山技術をきちんと学ばなかったことが、本当に「なぜ?」以外の感想がないんだよな。。
— うんたらかんたら (@funyamunya) May 21, 2018
栗城史多本人についてはRIP以外の言葉が出ないけど、プロジェクトやスポンサーの企業は本当に今回の登山が適切だったか猛省して欲しい、命を奪ったようなもんじゃないかい
— Tai (@atmsphrca) May 21, 2018
かなしいな
— けめだま (@oilzemi) May 22, 2018
失敗回数ばっかり見られて馬鹿にされたりもしてたけどそれだけ失敗できるのはそれだけのスポンサーが付いてたからであって、実力は確かにあった、凄い人やよ
栗城さん、悲しいなあいつもみたいに下山して欲しかった
もちろん栗城さんは最初、山が好きで登っていたのだろう。でもああいう発信の仕方をしてファンが付いてスポンサーが付いたことで、感動を与えなければならないというような変質があったのかもしれない。そんなことを感じていたからか、あの自撮り映像の彼の口から発せられる言葉は苦手だった。
— トリヤマシュー (@toriyamashu) May 21, 2018
栗城さんのスポンサーはリクルートか。前から嫌いだったけどますます嫌いに。実はリクルートは最終面接まていったけど、失敗を前向きな言葉で繕って認めないかんじがして、先に内定出た銀行にしたよ。
— ふろってぃ (@furotty) May 21, 2018
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栗城某ができぬ「挑戦」でスポンサーから金を集めるのはある種の才能かもしれないけど、本人も死んだ以上、第二第三の栗城を出さない為にも徹底的に貶されるべき
— アサイ (@a_sigh_) May 22, 2018
結局 #栗城史多 は大言壮語してエベレストに腐る生ゴミ1つ残しただけ。
スポンサーもエベレスト生ゴミチャレンジに金を出した無能
もし栗城さんがブサイクだったらあんなにスポンサー集まったろうかなんてゲスなことを考えてシマウ。
— ドカ太郎 (@dameningen1gou) May 22, 2018
いやー
— NoMountaiNИoLife (@climbandride634) May 22, 2018
栗城さんのニュース、注目されてるな〜
まるで世紀の登山家が亡くなったみたいに。
ホントに実力のある登山家(平出さんとか谷口さん)じゃなくて所謂「市民ランナー」的登山者(栗城さんや野口健さん)が注目されるこの時代。そっちの方がスポンサーが付くのだから皮肉な話。
栗城史多。ご冥福をお祈りします。
— よたかのり (@N_H_Rider) May 22, 2018
が、登山ウェアスポンサー陣にはには多少、失望した。山は死にに行く場所じゃない。予期できた死は登山家スポンサーとして止めないと。
めげない心は讃えたい。何度もエベレスト登頂に失敗してたし、失敗した理由も努力の結果とは言い難いものがあった。その度に批判も多くなって、スポンサーも離れていった。自身の力不足を認めるべきだった。栗城さんに関しては「やっぱりか」と言わざるを得ないよ。
— げんごろう。 (@gengorou_Ezo) May 22, 2018
栗城のスポンサーはある意味自殺幇助の犯罪者だな
— たま (@nekosanncatsann) May 22, 2018
栗城のこと嫌いだったけど、いざ死んだとなると悲しい
実力もないのに危険なことやってた栗城が一番悪いけど、支援者や応援してた人にも責任ある
栗城ーはどっかの時点で自分の技量に向き合って公募でノーマルルートを酸素使って1度登頂してれば全く違う登山人生があっただろに。Milletは登山用品売る立場で、そういう助言もせずただ広告塔としてスポンサード続けてたのかね。スポンサー企業の中ではそこの見極めはできてはずでしょ。
— ぶたげ (@Buri_goki) May 22, 2018
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スポンサーが付くのは「成功の可能性が高い」場合と「単に儲かりそう」って場合がある。それすらなく「純粋な応援()」というならば、今回の栗城さんの結末は、ドローン少年に課金してたオッサンたちと何ら変わりない。
— 金正男bot (@BotPrinceMasao) May 22, 2018
栗城さんの件。あの本が出た10年くらい前からちょいちょいチェックしてたなぁ。いわゆるのその道から頑なに距離をおくのに不思議な気持ちになったもんだ。あのスポンサーやらファンには少し思うところがあったなぁ。支援者がいろいろ回ってたのも、なんとなく知ってるし。でも、とにかく。合掌。
— あずま鑑 (@HQVJF9) May 22, 2018
栗城さんという登山家の訃報をFacebookでシェアしてたのがマルチとか怪しい投資とかの話ばかりの胡散臭い人たちだったので調べてみたら納得。
— あき (@22ak_ak) May 22, 2018
スポンサーはなぜ支援したのか疑問。
誰も止めなかったのかな、これは美談じゃない。
色々良くない話や疑惑で批判も噴出してたけどやっぱり御輿として担いでた周りも悪いよなあと思ってしまう。ニトリの会長さんなんかは苦言も呈してスポンサー降りてたみたいだしね。それでも栗城さんやっぱ死んだらあかんよ。御冥福をお祈りします。
— more amore (@jamz8180) May 22, 2018
@hachiya @kaztsuda 栗城氏の登山に対する僕の違和感はまさに 『自然相手の冒険にメディアや企業スポンサー(そして多数の観客)付ける』なんですね。それもリアルタイム中継という形。24時間マラソンなどにも同様な違和感を感じます。
— トマトの気持ち (@tomatosukisuki1) May 22, 2018
栗城史多さんについては正直まだやってたんだ…という感想。亡くなったのは残念だけど、ずっと自殺行為をしていたようなもので、やめる勇気はなかったのかなあ…。登れる人でも運や体調が悪ければ死ぬ場所。彼の無謀な行為を助長したスポンサー企業も批判対象になる事案なのでは…?
— こきこきこき (@akominxxxx) May 22, 2018
ちょっとでも登山かじったことある人なら栗城さんがやろうとしてたことがどんだけ無謀か火を見るより明らかだったみたいだし、周りの人間が止めてやるべきだったんじゃないかと思ってしまう。スポンサーとかが付きすぎてそうもいかなかったんだろうけど、死んじゃったら台無しでしょ。
— ペペ郎 (@peperou_696) May 22, 2018
栗城氏(知らなかった)について思ったのは
— ちっひ (@66FFmHflCXQMx1b) May 22, 2018
登山自体リスクを負う行為だし、どこに重きを置いたかの違いで
僕を含め殆どの登山者は安全な帰還を第一としてる、彼はその第一項目が違っただけ
つまりは生き方の違いであってその否定だけはするもんじゃないでしょ
スポンサー云々は分からんけどさ
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