オカンアートとは、主に中高年の主婦(母親=おかん)が余暇を利用して創作する自宅装飾用芸術作品の総称である。
目次
「Museum of Mom's Art ニッポン国おかんアート村」は作家・編集者・写真家である都築響一とおかんアートをこよなく愛する下町レトロに首っ丈の会をゲストキュレーターに迎え、2000年代初頭から「おかんアート」と呼ばれて密かに注目されてきた、「母」たちのつくる手芸作品の数々、1,000点以上を紹介する展覧会です。
これまでに都築響一が追い続けてきた「おかんアート」は、商店街の店先、公民館や道の駅など全国各地に点在しています。各地域の作り手による「おかんアート」は個々に素材やスタイルの工夫や違いはあるものの、どこか共通点も多いことが特徴と言えそうです。本展では、都築響一のユーモアのある視点から「おかんアート」を再考してご紹介します。さらに、「おかん宇宙のはぐれ星」と題した都築響一特選の3名の作家による特別展示も行います。
さまざまな角度から「おかんアート」の魅力に触れることで、専門的な美術教育とはかかわらない作り手による創作の場や時間のあり方、その表現や魅力に迫ります。あなたの街や家の中にも、もしかしたら素敵な逸品が眠っているかもしれません。
タイトル Museum of Mom's Art ニッポン国おかんアート村
会期 2022年1月22日(土)~ 4月10日(日)
引用元:inclusion-art.jp(引用元へはこちらから)
毛糸や粘土やはぎれやチラシなどで作られる女性たちの作品が、社会からは暇潰しとされ見向きもされなかった時間が長かったから、「オカンアート」として注目されて研究や分析が進むのは意義があると思うけど、だれかに「みいだされる」ことで価値が生まれた、みたいな流れになってほしくないと思うんだ
— 瀧波ユカリ (@takinamiyukari) Jan 23, 2022
女性たちのキルト作品の展示会に行った時、恐らく80代のご婦人が話していたのが聞こえてきたの。「私にはこれしかなかったの。夫が許してくれたのはキルトだけだったから」って。壁一面のキルトは膨大なエネルギーと時間と言葉にできない思いが形になったものだと思った。
— 瀧波ユカリ (@takinamiyukari) Jan 23, 2022
これしか許されなかった。それでもお金を払わずとも手に入れられる素材と、家事の合間の細切れの時間で没頭して楽しんで作り上げた。そういったものたちがどうかエンタメとして消費されたり、だれかの道具になったりしませんようにと思う。
— 瀧波ユカリ (@takinamiyukari) Jan 23, 2022
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私の母も、今の私の歳の頃にチラシでカゴを編んでみたりしていた(あの母が!)(物足りなそうだった)。居間にはだれかが粘土とビール瓶で作った美しいドールが飾られていた。「女性はなるべくお金のかからないもので創作を楽しむ」それが当然・美徳とされた時代と場所の空気を吸って私は育ったよ。
— 瀧波ユカリ (@takinamiyukari) Jan 23, 2022
"民藝は地域性が不可欠なのに対し、「おかん」は全国どこでも一緒"
— 瀧波ユカリ (@takinamiyukari) Jan 23, 2022
"全国・全世界、どこでも「おかん」は「おかん」である"
あっけらかんとした言葉に胸が詰まる。子を産んだ、もしくは歳を重ねた女を「おかん」として「一緒」の存在にしているのは社会ではないか? twitter.com/art_ex_japan/s…
このツリーに書いた私の母はまさに存在が「おかん」に集約され続けることに苦しんでいた。それでも交流や達成感を求めてカゴ作りの集まりに参加してた。そんな背景を知ってるから「おかんはおかんだから作るものもみんな一緒、それがおかんアート」的なフレーズは浅薄に感じてしまう。#おかんアート twitter.com/takinamiyukari…
— 瀧波ユカリ (@takinamiyukari) Jan 23, 2022
「民芸は風土が生み出すもの。でも、おかんアートは北海道から鹿児島まで、さらに世界のいろんな場所でも、みんなが同じものをつくってる。地域性がないこと。だからこそひとりずつの、作り手のセンスがすべて。それがおかんアート。全国・全世界、どこでも「おかん」は「おかん」であるのと同じこと」
— 瀧波ユカリ (@takinamiyukari) Jan 23, 2022
これ何回読んでもどうしても意味がわからない。そして読むほどに胸が詰まる。最後の一文がトドメを刺してくる感じ。うう、苦しい…
— 瀧波ユカリ (@takinamiyukari) Jan 23, 2022
twitter.com/takinamiyukari…
「おかんアート」と括られている作品の持つユーモラスさをユーモラスに取り上げることや楽しみ愛でることに何ら異論はないのだけど、作り手について触れる時には然るべき敬意が保たれていてほしいと思う。
— 瀧波ユカリ (@takinamiyukari) Jan 23, 2022
「おかんアート」(おとんアートも)と括った上で考察を深めて紹介する試みには10年以上の歴史があって、このレポを読むととても丁寧に取り上げられていたことがわかるよ。(「ぼけぼー」は私も持ってる!)「おかんは全国どこでも一緒」みたいなフレーズとはむしろ対照的。
— 瀧波ユカリ (@takinamiyukari) Jan 23, 2022
excite.co.jp/news/article/E…
だから今回の展示に使われている『全国・全世界、どこでも「おかん」は「おかん」』のようなフレーズに違和感を感じるし、ここにきてどうしてそうなった?って思っている。
— 瀧波ユカリ (@takinamiyukari) Jan 23, 2022
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「Museum of Mom's Art ニッポン国おかんアート村」でのおかんアートの定義の仕方や取り扱い方にまだ気になることや疑問を感じる点がいくつかあるけどおかんアートと括られるものたちのことはとても好きだし展示を楽しみたい人たちの気持ちに水を差すようなことをしたいわけでもなくジレンマ陥りがち
— 瀧波ユカリ (@takinamiyukari) Jan 24, 2022
@kyoichi_tsuzuki 「おかあさん」「母親」「おかん」と女性を括り、その上で「母なるものは母なるものだから◯◯だ」と論を進めることは、それがポジティブな意図だとしても、名を匿名化し個を透明化する過程そのものが抑圧的であると私は思っています。
— 瀧波ユカリ (@takinamiyukari) Jan 24, 2022
ここで何を懸念してるかというと、例えば「おかんの作るアレ」みたいなガチャガチャができたり、当事者以外がキャッチーにプロデュースして量産したおかんアート風のものが売られる的なこと(まだそれは起きていないけど起きても楽しく受け入れられるのだろうことも含めて)。 twitter.com/takinamiyukari…
— 瀧波ユカリ (@takinamiyukari) Jan 24, 2022
それは善悪みたいに割り切ってジャッジできることではないし、マーケットは三方・四方良しの良い形をとることができるからこそ、一気にそこまで行ってほしくないなと思う。
— 瀧波ユカリ (@takinamiyukari) Jan 24, 2022
「鑑賞するものではなく、触って、身につけて、使って楽しむもの。それがおかんアート。作品ではなく、日々の暮らしのひとかけらとして」については、「ではなく」じゃなくて「であり」ではいけないのか、と考えてしまうよ。これは小さなことなのかな。(現地では作品はさわれるのだろうか?)
— 瀧波ユカリ (@takinamiyukari) Jan 24, 2022
会場に行って他のテキストを読み込んだりキュレーターの話を聞いたりすれば真意がわかるということなら、この目立つ形でシンプルな言葉で掲げられたテキストはなんなのだろうと思ってしまうし…。
— 瀧波ユカリ (@takinamiyukari) Jan 24, 2022
「作品ではない」わけはなくて、作者が作品ではないと思っていたとしても「これは誰々の作品です」と紹介するのが展示というものであると思うので。
— 瀧波ユカリ (@takinamiyukari) Jan 24, 2022
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「おかんアート」や「女の子写真(ガーリー・フォト)」のような名指し方は、もはや時代遅れ。しかし一方で、こうした分類(抽象化であり、レッテル貼りでもある)ができなければ、時代精神の批評もできなくなる。批評は本来的にハラスメント的。危うい論点を提示する際、繊細な感性と手続きが必要。
— zerobase (@esaborez) Jan 24, 2022
マチズモ全開男性がよく言う「女性には敵いませんよ。男は手のひらで転がされているだけ」みたいな持ち上げ発言をしておいてその実女性を押し込めてしまうのと同じように、おかんアートの持つ背景を見ずに「おかんは偉大!」となる危険さを感じている人が沢山いて救われた。問題提起の展示でもある。
— 小塚類子/炎上寺ルイコ (@ruikozuka) Jan 24, 2022
おかんアート展、めちゃくちゃ内容物は好みで気になるんだけど、感情創作物にわざわざアートという言葉をはめ込んで、そも表現することを徹底した“美術”と同じ土俵に立たせて比較するステートメントを拝見し、観に行く前から疲弊してしまうのだが……
— 🎀ロウズ🎀 (@kerokerose) Jan 24, 2022
おかんアート、というネーミング、あるもので何か楽しいことをしてる人は昔からいるけど、母親に限らないのでは?廃材でからくり人形作ったりして沿道に飾るおじさんとか昔いたけどな…。チラシのカゴも知り合いのおじさんが大量生産しててもらった記憶ある。
— ふもふも🦋 (@fumokkoinko) Jan 24, 2022
あの展示でおかんアートと呼ばれているものを実家でも近所のお家でも、地元の体育館でやるような文化展でもたくさん見てきて馴染みあるけど、「おかん」じゃないんだよな イメージとして…… あえて関西の言葉の「おかん」って使うところになんか意図を感じるよね 言い得て妙なのもわかるけど
— たかのふみ (@tknfm) Jan 24, 2022
「おかんアート」をジェンダーの話にしないで的な発言を見たがいやいやど真ん中案件ですよね。
— kequanino (@22KeQuan) Jan 24, 2022
おかんアートの存在を知った30くらいの頃の私と随分と価値観やモノの見方も変化しているのですよね。今は無邪気に消費できないです。
— kequanino (@22KeQuan) Jan 24, 2022
私も刺繍とか好きなんだけど…そういうのもまとめて「あ、おかんアート!ですよね」って無邪気に言われたらモヤッとするやろな。言う側に何の悪気もなさそうだし。そのモヤりをちゃん言語がすることができる人たちがいて良かった。モヤが少し晴れそう…
— まるちぷるたいたんぱー (@marumaruchi111) Jan 24, 2022
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