現・在韓国大使である冨田浩司氏が次の在アメリカ大使に抜擢されました。アメリカの民主党内に人脈を持ち、数々の功績を持つ冨田氏を選ぶ菅政権らしい適材適所の人材配置。バイデン氏に政権が移行しても日米関係強化に期待できそうです。
政府は在任期間が3年近くになる杉山晋輔駐米国大使(67)を交代させ、後任に冨田浩司駐韓国大使(63)を充てる方向で調整に入った。
米民主党に人脈を持つ冨田氏を起用することで、来年1月に発足するバイデン次期政権との関係構築を急ぐ
引用元:www.jiji.com(引用元へはこちらから)
冨田氏は1981年に外務省に入り、イスラエル大使などを経て昨年10月から韓国大使。バイデン次期大統領が副大統領だった時期に米国特命全権公使や北米局長を務め、日米同盟の強化に当たった。
引用元:www.jiji.com(引用元へはこちらから)
鳩山政権下、普天間基地問題で日米関係がギクシャクした際に北米局参事官として調整したのが冨田大使とのこと、その時のネットワークが評価されているのだろう。 twitter.com/iioakitoshi/st…
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外務省では、事務次官経験者がその後大国又は国連等の重要な国際機関に派遣される特命全権大使を務める慣例があり、特に在アメリカ合衆国大使の多くは次官経験者が務めてきた
引用元:ja.wikipedia.org(引用元へはこちらから)
外務事務次官や審議官を経ずに駐米大使になるというのは珍しいケース。これまでの慣例を飛び越えてでもバイデン民主党政権シフトを敷くということなのだろう。冨田大使のご活躍に期待する。 #NewsPicks npx.me/4RrY/d8Mk?from…
外務事務次官や外務審議官の経験がなく駐米大使ポストに就くのは異例らしい。バイデン氏との人脈があるための抜擢らしい。柔軟な人事?
◆駐米大使に冨田氏 「バイデン人脈」で抜てき―政府調整:時事ドットコム jiji.com/jc/article?k=2… @jijicomより
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外務省で合計8時間に及んだ日米実務者協議。臨んだのは外務省北米局参事官の冨田浩司(52)、防衛省防衛政策局次長の黒江哲郎(52)ら。鳩山政権が米軍普天間基地の移転問題の検討で遠ざけてきた官僚ばかりだった。
政治主導のもとで、冨田ら官僚の立場では「正式な政府案」とは何かを、米に言うことができない。迷走の末にたどり着いたのは、名護市の辺野古という元通りの案。冷めた空気
引用元:www.nikkei.com(引用元へはこちらから)
プロジェクト(※)の発端として政権交代以降の日米関係に生起した様々な問題があったというお話がありました。
私もたまたま現在のポストに着きましたのが政権交代とほぼ同時でした。振り返ると、私が前回アメリカを担当したときは細川政権がちょうどできたときで、何の因果でこのような時期にあたるのかなという気がしたわけですが。
ただ、去年の今ごろ、もうご案内だと思いますが、普天間問題で大変な、ある意味での緊張を迎えた時期に比べますと、それから1年を経て、日米関係なかんずく安保関係の運営という意味では、 かなり政策志向の突っ込んだ議論ができるような環境になってきていると感じ感じます。
これは様々な要因があるかと思います。それと普天間問題が解決したわけじゃなくて、まだ大きな課題として残っているわけですが、にもかかわらず、かなり同盟として本質的な作業を行うことが可能な状況になってきている。具体的に申し上げますと、これは同盟深化という言葉で人口に膾炙しているプロセスですが、具体的に申し上げると昨年来まず情勢認識ですね。政権がそれぞれ変わったところで、特にこの地域の情勢をどう見るかという擦り合わせの作業を何回かに分けて行っています
引用元:www2.jiia.or.jp(引用元へはこちらから)
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冨田新大使は、民主党政権時に普天間移設問題をめぐり日米関係が大きく揺らいだとき、北米局参事官および北米局長としてオバマ民主党政権との間の調整に奔走されてました。そのときの米民主党政権とのパイプと、困難な時期に交渉で妥協点を探る日本最高峰の交渉家として、ご活躍されると期待します。 twitter.com/tnak0214/statu…
そのような複雑な情勢の中で、鳩山政権下の普天基地移設問題で迷走した日米関係を、見事につなぎ止めた冨田浩司北米局参事官、のちの北米局長の優れた交渉能力と、その際に構築した米政府内の人的ネットワークに期待をする方針(次期駐米大使着任の見通し)は、実に的確な判断だと思います。
「ONEPIECE」(ワンピース)」の主役で海賊船長のモンキー・D・ルフィの衣装で登場。コスチュームは既製の布などを使い、夫人が手縫いで仕立てたという力作だ。冨田大使は「去年はスーツ姿で来てしまい、大失敗でした。だから今年は衣装で、と約束しました。外交官らしく、約束を守ったわけです。日本の文化や歴史、食べ物、そして何より人々をもっと知り、楽しむためにも、是非日本にいらしてください」と語った。
引用元:mainichi.jp(引用元へはこちらから)
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1957年兵庫県生まれ。東京大学法学部卒。
1981年に外務省入省。その後は総合外交政策局総務課長、在英国日本大使館公使、在アメリカ日本大使館次席公使、北米局長、在イスラエル日本大使在韓国大使等を歴任。